昭和49年12月02日 朝の御理解



 御理解 第93節
 「氏子は神の守りをしておる者を、神と心得て参詣する。守りが留守なら、参詣した氏子は、今日はお留守じゃと言おうが。神の前をあけておくことはできぬ。万事に行き届いた信心をせよ。常平生、心にかみしもを着けておれ。人には上下があるが、神には上下がない。人間はみな同じように、神の氏子じゃによって、見下したり汚がったりしてはならぬぞ。」

 これはお道のお取次をなさる先生、特に教会長に下さった御理解であろうと思います。私は、いつもこの九十三節を頂きます時に、果して自分はどうであろうかと思うてみます。ははぁこの御理解は、先生が頂きなさらなん御理解だから、信者の私達には、関係ないという様な風にして頂いたら、御理解が御理解になりませんからね。今日はたまたまこの九十三節を頂きますから、これは私の事として私は頂く。
 だから私の事として、私が行じておる所を、皆さんが見たり聞いたりして下さって、良い所を取って下さり、いけない所はそういう訳には参りませんから。けれどもやっぱりここで私の信心を受けて下さると言うか、私の信心を頂いて下さると言う事になるとです。よかとこだけ取ると言う事では、実際は取れないのじゃないだろうか。よく他教会の先生方が合楽教会で、こんなに人が沢山助かって行く様になりますと、段々良い事悪い事につけて、評判が高うなります。
 そすとやっぱここに教えを求めに来られる方もあるし、又は見に来る方もあります。そして合楽の信心の素晴らしい所はここだなという風にして、頂いて帰られる先生方があります。けれどもよかとこだけ持って帰ったのでは、本当のおかげにならん様です。まぁいうなら私のものの全てがよいこと悪いこと、いうなら私の癖とでも申しましょうか、人間はなくて七癖という位ですから。私の癖でも持って帰ろうという様な、あり方の先生方は、おかげを受けます。ですから一応はです。
 矢張り合楽の信心の全てをマスターしなければならん、頂かなきゃならない。そして後にです又、いけない所は取り除いたら良い。よかとこだけ取ろうと言うと、なかなか難しい。それを全部頂こうとする事は、案外みやすい。ですからここは鼻持ちならんというところは、そりゃありましょう。これを読み下してみましてもそれを思うんです。氏子は神の守りをしておる者を神と心得て参詣する。
 だから守りが留守なら参詣した氏子は、今日は留守だったと神様が如何にも留守であった様に、がっかりして帰るとこう言っておる。確かにそうですですから、ここの所は、私は大体完璧と言う事は出来ませんが、出来ておる様に思うんです。第一私が外へ出ません。例えば御結界奉仕中に、一寸用があって立つに致しましても、私は一分間でもここをあけたことはありません。誰か一寸外の先生をここに座らせておいて、すぐ出て来るからと言う事を言い置いて立ちます。
 という様に神の前をあけないと言う事に、それがどうでしょうお参りしても、誰もお賽銭の音が、チャラチャラと音がすると、裏から出て来なさると言った様な教会もあります。だからそれでは第一番から、教師の資格がないと言うてもよいと、私は思うですね。今は修行生の方達が沢山おられますから、楽ですけれども以前は私一人でしたから、一番初めは。ですから、そりゃ朝から四時まで、ぶっ通しに御用させて貰いました。空けると言うことがなかった。
 四時から久保山先生やら、若先生やらが奉仕しました。また夜の御祈念には出て来ました。という様にここん所は、私は出来ておるという様に思うんです。万事に行き届いた信心をせよと言う所になると、大変お粗末な事で、相済まん事ですけれども。矢張り行き届かなければならないと言う事を、いつも思っております。行き届かんから行き届かなければいけない。いわゆる心掛けであります。
 常平生にかみしもをつけておれと、人には上下があるが神には上下がない。人間は皆同じ様に神の氏子じゃからという風に言っておられるが、これは私は西岡先生だったか、私の事を評して威あって猛からずと言った様な意味の事を言っておられます。これは勿論褒め言葉ですけれども。なぜ威があるかというとです、私の人相に威があるとは思われませんけども、私がいつも、紋付き袴をつけておるからだと思うんです。同時に夏でも私は足袋を外した事はありません。
 夏でもやはり白足袋をはいて、紋付き袴をちゃんと着けておるからです。まぁ威はなくても、威がある様に見えるのじゃないでしょうか。ここん所も大体出来とる様に思います。人間は皆同じ様に神の氏子じゃによって、見下したり汚がったりしてはならん。これは私は性格的に自分でおかげを頂いていると思うです。私は昔から不思議に不幸せな感じの人に、非常に同情するという癖があるです。
 そのために失敗する事もありましたけれども。特にお年寄りの方達の皺だらけの、お婆さんなんかは誰れでも汚がる様な感じで、言う人があります。若い者なんかは、相手にするのを嫌う人もあります。けれどもこれは昔からお爺ちゃんやら、お婆ちゃんやらここにお参りをしてきて色々お届けをすると、もう本当に皺くれた手を握ってこうこやって、撫でさすりしょうごたる心が起こってくるんです私は。これは生まれつきかも知れません。先日も敬親会の時でした。
 北野の中村さんが、親先生今日私は頭が痛うしてから、どんこんいかんち言いますもん。私の所にこうやって頭を持って見えますから、私が一時ばかり押さえて上げた。そしたら不思議に、何かジンジンジンジンする様なものを、私の手に感ずるのですよ。昨日一昨日、参って来てからです。親先生私はあん時に親先生がよもや私の額口に手を当てて下さると思わんもんじゃから。
 只自分が耳が遠いから先生も耳が遠いから、傍でこうやって私が頭が痛いと言うたら、先生はすぐ額口に手を当てて暫く置いておって頂いたが、それこそジンジン致しましたが、帰った時にはもう頭の痛かつも、ジンジンするとも止んどったと言うて、お礼お届けをしております。年寄りの体に触れるとも嫌という様なものではなくて、私はそう言う所を、非常におかげを頂いておる様ですから、ここもまぁまぁ合格だというならば、この九十三節のすべてが、大体合格点だという様な感じがするのです。
 だからここでは人が助かると私は思うです。どうでしょうか。皆さんなら御信者の側から言うてもです。だからおかげを頂くんだと言う事です。昨日の御理解じやないけれども、頂いたお話は道に落としてしまい、言うことを聞かんで、そして神様が力がない様な思い方をする様な事では、おかげにならんのです。私はこの九十三節に、教祖様が教えておられる事をです、いうならば、完璧とまでは行かんでも、守らせて頂いておると思うのです。だから、ここでは皆さんが助かるのです。
 私自身もおかげを受けるのです。私は今日はそんところを分かって頂きたいと思う。誰よりも、御神前を疎かになさらない。誰よりも御結界を大切になさる。だから親先生は、あの様におかげを受けなさるんだとまず、今日の御理解で認めて頂きたいです。ですから、皆さんとても同じこと。こういう心掛けにならなければ、こういう信心をしなければと言うて下さるならば、それを身につけなければおかげになりませんです。いうなら、神の言うことは、途中で落としてしまい。
 親先生の言う事は、右左にしておって、おかげの頂けるはずはありません。今日は久留米の井上さんの告別式が、自宅で私が斉主をさせて貰います。丁度一月前に大きな法要がありましてお寺さん、親戚沢山呼んでの法要が大変念の入った御法事があったそうです。その時に、お婆ちゃんが親戚又はお寺さんに言うておられたことは、仏教でするお祭りは、今日切りに致しますと。私は金光様の信心で助かっておるから、やはり死んでも、金光様のおかげで助かりたいと思いますから、どうぞ親戚の方も認めて下さい。
 お坊さんも、どうぞ永くお世話になりましたけども、これは私の信心ですからという意味の宣言をしておられたそうです。だから亡くなられたという事を聞かれて、お寺さんから、直ぐ相談に見えましたそうです。お葬式だけは自分方で今まで通りさせて呉れと言うて見えたから、断りもきれずに仏教でする事になっとったけれども。あちらは御養子ですが、井上さんがですね、お婆ちゃんがあヽいう風に言うておった。それこそ金光様金光様、合楽合楽、親先生親先生と言うておったのだから。
 これはお寺さんには悪いけれども、もう一ぺんお寺さんに言うて、改式もさせて頂いとる事ですから、告別式は、やはり金光教の式にのっとってさせて頂きますからということを、非常に強調されたそうですから、一番姉さんがそのことを言いに行かれて、それで色々、信仰の上の話をなさって、坊さんにもそれを納得してもらって、そして改めてまた合楽で、親先生に奉仕して頂きたいという願いがございました。
 だから遷霊から昨日は火葬祭から、何からかにまで先生方が行って、今日は私が告別式ですから、私が参ります。もし例えばそのお婆ちゃんのことのです。普通で言う、お祝詞ならお祝詞を書くならばね、お婆ちゃんのそういう素晴らしい、それこそ上下つけた様な、そういう生き方を讃えなければいけないと思いました。だから私は祝詞は奏上しません。とても御霊様ば褒め讃えて、しらごつまこと言うてから、ばさらかよかったごたる風に言う様な祝詞を書いたったちゃ、そりゃ通じないと思います。
 こりゃ私と御霊様と神様が通じれば良いと思うから、致しませんけれども。祝詞を書くなら、そういう意味がです。お婆ちゃんの素晴らしかった事。送り名を井上綾乃誠栄姫老媼之霊神と頂きました。綾とは綾部の綾です。綾の糸と申しましょうあの綾です。乃というのはこの乃です。これは若い時に大変苦労したという意味です。綾乃乱れに乱れとう言うでしょうかね。若い時は大変アメリカ辺りまで行って、大変苦労をなさってそして成功して、こちらに帰られた方なんです。
 そして御信心を頂かれた。宮ノ陣教会で一番はじめに御神縁を頂いて、縁あって当時の椛目、そして合楽におかげを頂かれる様になったんです。そのお婆ちゃんの信心がですね。例えば、人間の見た目と、神様からご覧になる目が違うと思う事はです。素晴らしいと、神様が認めなさった証拠にはです、四人の娘さん達がそれこそ熱心な信心を頂いておるということです。だけではありません、孫子達までが皆熱心なのです。皆なんですそれが。然も皆が熱心なんです。
 今神戸に行っておられます娘さんなんかは、もう三四年前でしたか癌で医者が助からんと言うた。それで井上さんがすぐお願いに来ました。お婆ちゃんが一番好きな娘の事ではありますからその事でも言うたら、それこそお婆ちゃんの方が死ぬかも知れません、びっくりして。だから母には内緒にしとって、どうぞ先生お願いして下さいと言うてきました。だから私が申しました。そげなこつがあるもんかい。そりゃあんた達も一生懸命願おうけれども何というたって、親が子のことを願う位切実なことはないと。
 ようそんなことを言う人がありますよ、親には言うて呉れなさんなとか、心配するけんと。親が信心がないならともかくです。親が信心があるのですから、成るほど一時は心配しましょうけれども、こりゃ私が頑張らにゃと、いうならばそれこそ生き生きとした心でです。一時は驚かれましたけれども、これは私ももう一遍若返ってあの人のために、本気で信心させて貰わんならんと言うてその時分に、毎朝朝参りを始められました。私はあの時に、井上さんが言う様にです。お母さんには言わんなです。
 只自分達だけの信心だったら、ひょっとしたら医者の言う通りになっとったかも知れません。それこそ医者もただ奇跡と言うばかりに、おかげを頂いて、今日元気でおかげを頂いとります。四国に娘さんがおりますが、大きな仕事をしております。その一つ一つを、四国から、電話でお取次を頂いて、大変繁盛のおかげを頂いておりますが。これもやはりお婆ちゃんの信心を受け継いでおったおかげなのです。
 姉さんは今、住友生命の久留米の支部長をしておられます。女では久留米で一番の成績の上げ頭だと言うて、先日表彰を受けられたというほどしに、おかげを頂いております。熱心です。子供たちも熱心です。勿論現在の久留米の井上さんは、尚更皆さんも御承知の通り、あの様な素晴らしい信心を親子共々致しております。それが結局はお婆ちゃんの信心が元であったと言う事なのですよ。今日の御理解をです。
 先生から信者に置き替えて言うならば、そういうお婆ちゃんの信心に、皆がついて来た程しの、毅然としたというか、上下つけた様な信心に、子供達がついて来なければ居られなかったんです。孫達もそれはとっても大事に致します。私がこのお届け帳が一流れお届けしますと、百二十名になります。百二十名の一番最後の所に、お届けが来たなら、信心を、一生懸命しておる方は、これは素晴らしいです。
 信心の信行の強い方が必ずここのところに来るです。けれども病人なんかのお届けが、ここに来た時にはこれはもう難しいかという様な、そういう事実があるんです。一番最後の百二十人目に、病人のお届けが来た時なんかは難かしか。それからお国替えのおかげを頂いた時なんかは、実に神ながらのお国替えであるという風に、私は皆さんにも聞いてもらう。私もそれを信じています。
 丁度百六十名ですから、百五十九名で一番最後のところが空いた。そこにたくさん参って来とったけども、ここさんな来んですもんなかなか。そして何かテープの方を聞いてから、見えません。そこに電話が掛かって参りました。ただいまお国替えのおかげを頂いたというお届けがあった。最後のここに飛び込む様に、お届けがありました。如何に神ながらなお国替えであったことがわかるでしょうが。例えばそういう神ながらな、しかも上下つけた様な信心がです。
 子供四人の娘さん達の全部に、信心の受け渡しが、継承が出来ておると言う事は、本当に素晴らしいことなんです。私は本当に例えばもし私が、お祝詞でも書くならば、そういう一人一人の子供達が孫達までが、尊い手厚い信心をさせて頂いて、それこそお婆ちゃんも安心のおかげを頂いて、四、五日全然わからなくなりました。片一方は半身手が動かなかったそうです。
 けれども娘さん達が四国から来たよ、神戸から来たよぉと言うて、おらぶとうなづきなよんなさったから、これはおらべば分かるとかも知れんというので、御理解をずうっとカセットに入れて、これで御理解の頂きづくめであったそうです。そしたらね自由の利く方の手で、カセットをずうっと撫でさすりしながら、御理解を頂いておられただろうと言っております。ですからテープを納棺の時に、お棺の中に入れる。おかげの泉も入れる。お婆ちゃんでしたけど、なかなか眼鏡をかけて読まれるのがお好きでね。
 しっかりおかげの泉を読んでおられたから、それこそ教典を一緒に葬る様に、おかげの泉と、御理解のテープを一緒に納められたということを言うております。本当に私はお祝詞にでも書くならね。そういう様なことでも、これは、讃えるというて、本当に讃えなければおられない程しのものですから。そう思わせて頂くんですけどもね。皆さん一つ本気で、私が、完璧とは言えないけれども、九十三節を大体合楽では、教祖様がおっしゃる通りのことが出来ておる。
 内容は貧しいけれども、形だけの上でも出来ておる。出来ておるからこれだけの人が助かるんです。昨日なんかは日曜と、一日が重なりましたから、それこそ朝からずうっとここでは、お広前がいっぱい賑わいました。そして夜の月次祭にはあの様に、ここ一杯でした。それがどういうことかというと、私が曲がりなりにでも教祖様の教えを守っておるからだと私は思います。ですから皆さんも教えを守らなければ、おかげは受けられないということです。上下つけた様なキチッとした信心。
 毅然とした信心。そういう信心がやはりきちっとしたおかげを生みなして行くのです。今日の御理解はまさしくこれは、お道の教師とりわけ、教会長に下さったみ教えだと思いますけれども。このみ教えを頂いて皆さんも、私が本当にうちの親先生はあげん言いござるばってん、そうじゃないと思われる所もあるか知れませんけれども、大体において私は、このみ教えを行の上に、私の信心生活の上に現しておる。だからおかげを頂くと言う事を聞いて頂いた。ですから皆さんとてもです。
 神様の御教えを本当に鄭重にに頂かせてもろうて、守らせて頂かなければ、おかげにならん事を、昨日から引き継いでの事ですけど、昨日もそうでしたですね。神の言う言う事をいうならば落としてしまう。神の言う事はそれこそ一言が、千両にも万両にも替えられない程しの神徳があると。有り難く頂いて帰れば、神徳があると仰せられるのですから。そこん所を守って頂きこの九十三節は先生方に対する御理解でしょうけれども、それを少し崩して、皆さんが頂かなければならない御理解として聞いて頂いたんですね。
   どうぞ。